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編集者・データベース作成者は、「nekosuki project『鉄道のある風景』編集部」です。連絡先は「landscape@nekosuki.org」です。内容についてのお問い合わせや記述内容についてのご意見等は、こちらにお送りください。
いただいたお問い合わせやご意見にはなるべく返信さしあげるようにしますが、「このディスク/Webサイトとは無関係なお問い合わせ(鉄道一般に関するご質問などを含みます)」についてはその限りではありません。また、寄せられた質問の中からピックアップしてFAQなどに利用させていただく場合があります。

  撮影者
「鉄道のある風景 vol.1」については、全ての写真は猫が好き♪が撮影したものです。
他の方からの提供写真が発生した段階で、個々の写真には撮影者がわかるような目印を入れることにします。

猫が好き♪
大昔にしばらく軽便鉄道をメインに写真を撮っていましたが、その後バイク方面にいってしまい長期にわたり中断、最近写真に復帰してきました。Web上で「駅の便所写真集」とか作っていたら意外とこれが評判が良かったので、調子に乗って暴走してこんなものを作ってしまったというわけです。

  メディアでご使用の場合の連絡について
先に「メディアでのご使用について」をご覧下さい。

発売元

このディスクの販売は「有限会社 北総レール倶楽部」が担当します。
同店の店頭販売のほか、通信販売・提携模型店などでも入手できます。小売のほか卸に関するお問い合わせも「北総レール倶楽部」まで。

有限会社 北総レール倶楽部
 〒277-0841 千葉県柏市あけぼの1-7-8 MICビル2F
 営業時間
  平日 12:00〜22:00  土日祝 10:00〜22:00
 Web
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  http://hokuso.com/railshop/menu.html 店の案内
  http://hokuso.com/dvd/annai.html 商品の紹介ページと入手方法

扱い店舗情報はディスク版の項目をご覧ください。


 

ディスク版発売中

「鉄道のある風景 
 ディスク版Vol.1」


 
「鉄道のある風景」Web&Disk とは?

鉄道を軸とした風景写真集です。
もともとは鉄道模型づくりのための資料という目的であり、作品性よりは資料性を念頭に置いてまとめています。鉄道車輌だけではなく、レイアウト用資料として、駅や機関区などの建築物など付帯施設や町並みなどのストラクチャー類、さらには風景なども含まれています。

Webの更新履歴・お知らせ
2008/06/23 廃線マップ作りなんてのをはじめてみました。
廃線になっちまった路線がどこを通っていたかというのは、正確なところ、なかなかわかりません。地形図とかでも限界があるし。
ところがまぁ、最近は航空写真とかも普通に見られるようになりましたので、丁寧に照合をしていけばけっこう調べることができるようになってきました。そこで、ちょっとそういう作業をやってみようかというわけです。

どの位置に駅があったのかがわかるレベルの情報を作りたいので、いろいろ考えた末、とりあえず「Yahoo!ワイワイマップ」に間借りすることにしました。これだと縮尺をいじくれますから寄っていけば10メートルとかそういう単位でのデータが作れます。紙とはえらい違いだな。もっとも、GoogleMapでやったのがよかったんじゃないかという気がしないでもない。Yahoo!ワイワイマップでは線が引けないが、GoogleMapだと線が引けるからなー。ま、始めちゃいましたし、情報を作っておけばあとからどうにでもなりますから、しばらくこのまま行こうかと思います。

現時点で49線のデータが完成しています。まあだいぶ手馴れてきたし、このあともちょくちょく追加していきます。一覧は以下のページに。

廃線廃駅地図の一覧

おまけ。
「総合」のページには誰でも書き込めるようになっています。廃線の正確な情報をお持ちの方がおいでになりましたら、ぜひご参加下さい(参加にはYahoo!IDとワイワイマップへの参加手続きが必要です)。できるだけ路線単位で揃えてご投稿いただけるとありがたいです。ということで、よろしくどうぞ。

weblog】ご協力のお願い>廃線廃駅マップを作ろう
 

2008/06/06 weblogでやっていた「CMグラフィティ」ですが、2008/06/06に200本となりました。もうだいぶネタはつきかけておりますが、もうちょっとお付き合いくださいまし。200本目はJR四国の「どっきん四国・黒潮サーフィン」でした。
 
2008/05/31
(45416枚)
今回の更新。

まずはロッキーバーガー
埼玉県・千葉県北部・茨城県南部に展開していたハンバーガーのフランチャイズチェーンというネタです。1980年代にはチェーンが崩壊していますが、最盛期には少なくとも21店舗以上展開していたチェーンなので、多少の店が独立系店舗として残存しています。ハンバーガー店としては「関宿店」「利根店」、弁当惣菜店として建物が残っているのは「我孫子店(マイキッチンロッキー)」、閉店してしまいましたが建物は残っているのは「宝珠花店」。ま、ぼつぼつ調べていこうと思っていますが、まずその第一弾というところです。

続きまして、日光街道東往還関連。

まず埼玉県春日部市西宝珠花
日光街道東往還沿道の宝珠花村の一部です。宝珠花村は近年の河川改修で江戸川が村の真ん中を突っ切ってしまい東西に分離されてしまいました。西宝珠花はその西側部分で、現在は日光街道東往還沿いとは言いにくいのですが。利根川江戸川水運で栄えた村だったことから、そこそこの町並みが残されていました。
主なものは出桁造りの「本田米店」、洋館建築の「釜鳴屋時計店」、1791年建築の本堂を引き継いだ「大王寺」、地域最大の富士塚を持つ「宝珠花神社」など。「春日部市庄和消防団第一分団詰所」の前には竜吐水が置かれていたり。

それから、宝珠花から関宿までのトランスポート区間、日光街道東往還・宝珠花橋〜関宿宿。今回は東宝珠花には立ち寄っていません。
東西宝珠花は宝珠花橋でむすばれており、埼玉県と千葉県との県境となっています。また、この区間にはロッキーバーガー関宿店があります。立派な木彫を持つ香取神社もありました。

続いて関宿。関宿藩の城下町で、日光街道東往還の宿場町、杉戸道や粕壁道との追分、ついでに利根川江戸川水運の拠点地でもありました。しかし案外こう、集落が小さかったりして、意外な感じもいたしました。
主な物件。どういうルートだったのかがよくわからないのですが、市街地の西端あたりには石碑のある関宿関所跡。屋号や業種がわからなかったのですが、それなりの洋館建築の商店。関宿藩士の子で第二次世界大戦敗戦時の総理大臣だった鈴木貫太郎の記念館。宮司さんがいるらしい立派な香取神社など。

最後に境宿。利根川を挟んで関宿宿と境宿は隣り合っている町です。宿場町としての規模は、境宿の方が大きかったような感じです。
旧道と平行して走る新道が作られたせいか、旧道筋にはかなりの風情が残されています。大規模な見世蔵の「高木書店」、後期(?)看板建築の商店、出桁造りの「桜井漬物店」、日本建築の商店「松の寿司」など。旅館などもいくつか残っていました。割烹旅館「すゞきや」、旅館「橘家」、旅館「鈴蘭荘」など。ま、江戸時代から続いている旅館なのかどうかはわかりませんが。

これ以外は、東武動物公園周辺の宮代町の風景など。今回はこんなところです。

※今回の追加写真一覧
 埼玉県春日部市西宝珠花
 日光街道東往還・宝珠花橋〜関宿宿
 日光街道東往還・関宿宿
 日光街道東往還・境町宿
 ロッキーバーガー
 上記以外
weblog】本日のお散歩>まぼろしのロッキーバーガー
weblog】先日のお散歩>まぼろしのロッキーバーガー (2)
 

2008/05/14
(45137枚)
今回のお散歩、山万ユーカリが丘線ほか。

山万ユーカリが丘線は、不動産業者の山万が千葉県佐倉市の大規模住宅造成地の交通機関として建設し運営している新交通システム(VONA)です。新交通システムですが、都会あり山あり谷ありトンネルありのなかなか魅力的なロケーションの中を走っています。今回は全駅をまわってきました。
weblogではすでに紹介しましたが、開業25周年記念イベントとして、駅名の公募が行われています。現在の駅名の駅名標も全部撮ってきましたが、確かにこう、このブッキラッボーな駅名はすごいっすね。これが改名されちゃうのはちょっと悲しいなあ、とか思います(=^_^;=)。
VONA独特のポイントとかもおさえてきてあります。

ユーカリが丘および周辺の風景も多少おさえてあります。
ユーカリが丘線はテニスラケット型の路線になっています。柄の部分の周辺およびラケットの外側部分は住宅地として開発されています。しかしラケットの内側部分はほとんど開発されていません。井野城趾は鎮守の森となっており、里山っちゅうかなんつうかが残されています。

他にもルート上のいくつか。
東武野田線とJR東日本の船橋駅
京成電鉄の京成船橋駅。連続立体交差化が完成し、上下線とも高架駅となりました。以前にはワイア式踏切だった船橋駅前通りの踏切はあとかたもなし

今回はこんなところです。

今回の追加写真一覧
 山万ユーカリが丘線
 千葉県佐倉市ユーカリが丘付近の風景
 ユーカリが丘線関連以外
weblog】紹介>山万ユーカリが丘線&駅名公募だそうで
weblog】お散歩報告>山万ユーカリが丘線
weblog】更新>山万ユーカリが丘線
 

2008/05/11
 
Google検索を変更しました。

google検索 使い方
Google
 

えー、検索性能そのものはたいして変わっていません。全ページがGoogleに登録されているわけではないので端から端まで検索ができるわけでもありません。しかしま、検索結果から適当なページにはいり、あとはタグをたぐっていけば、情報があればまあまあたどりつけるのではないかと思います。
ま、あまり検索は使われていないような気配を感じているのですが、なんせ40000を越える項目があります。リンクをたどるだけではなかなか目的のところにはたどりつけないんじゃないかと思うわけです。最初のとっかかりのページだけでもみつかったなら、だいぶ便利になるんじゃないでしょうか。というわけで、ぜひご利用くださいまし。
 

2008/04/22
(44921枚)
今回のお散歩。京王電鉄・井の頭線

井の頭線は、渋谷駅と吉祥寺駅を結ぶ12.7キロの路線。山手線・小田急電鉄・京王本線・中央線を結んでいる通勤路線です。あまり縁のない路線ではございました。
今回は渋谷側からはじめて永福町で時間切れ。駅としては、渋谷・神泉・駒場東大前・池の上・下北沢・新代田・東松原・明大前・永福町、です。下北沢は小田急がらみで、明大前は京王本線がらみで、多少の写真はありましたので、新項目は7駅。
ついでに駅周辺もいくつか。
駒場。駅北側にある東大駒場キャンパスと、駅南側の商店街あたり。池ノ上駅周辺の商店街東松原駅付近の商店街明大前駅付近の商店街永福町駅付近の商店街
それ以外に多少。浜松町駅前の渡邉ビル。1931年竣工の古典ビルです。東京山手教会。以前にここの地下には渋谷ジャンジャンというサブカルチャーの拠点がありました。シェイクスピアシアターとか、懐かしいなあ。てか、ジャンジャンなくなっちゃってたのね・・・。
今回は、こんなところです。

今回の追加写真一覧(井の頭線以外)
weblog】先週末のお散歩>井の頭線
 

2008/03/27
(44703枚)
風景項目のナヴィゲーションをちょっといじってみました。東京都下の台東区・千代田区神田・文京区あたりの風景項目の一部が対象。隣接地域のページがあった場合、末尾にそのページへのリンクと略地図が出るようにしてみました。ただ、しょーじきなところ見栄え・使い勝手ともいまひとつだし、徹底・網羅もしてません。ま、思いつきではじめた試行錯誤ですので、とりあえずはこんなもんかと。
weblog】更新>地域ページのナヴィゲーションの改善
 
2008/03/08
(44651枚)
今回の追加。栃木市街ほか多少。

先に余禄系。
東武鉄道日光線・宇都宮線の新栃木駅にちょっとだけ追加。栃木駅(東武日光線JR両毛線)にもちょっとだけ追加。栃木駅駅前の整備がひととおり終わっていましたが、こないだの草加駅もそうだったんですけど、なんでよくわかんないオブジェがつきものなんでしょうね。
それから、東武日光線新大平下駅。ここは団臨なんかの休憩停車駅で巨大便所があったんですが、それが撤去されているという話で、確認してきました。確かになくなってました

続いて本題。栃木県栃木市栃木宿
栃木は、栃木県の名の由来になった土地で、関東外延都市群のひとつとして古くから栄えてきた町です。また、日光例幣使街道の宿場町でもありました。例幣使街道の宿場町としては、境宿(伊勢崎市)天明宿(佐野市)に続いて3つ目の街歩きになります。とりあえず地図
えーと、噂には聞いていましたが、文化財てんこ盛り。ものすごく多いので、ページ末尾に文化財一覧をつけてあります。これは真壁町に続いて2つめですが、せっかくデータがあるんでちょこちょこ出していきましょうかね。

観光地として突出しているようなイメージはなかったんですが、けっこう街歩きをしている観光客は多くいました。ま、ちょっとはずれに至ると誰もいなかったりもしましたけどね。見所が山積みなのでまああとはページを見てくれ状態ですが、そんでもまあいくつか。
事情がよくわかんないんですが、私設の博物館系施設がいくつもあったのが目につきました。塚田歴史伝説館あだち考古館横山郷土館岡田記念館など。それぞれの文化財建築物などが散在しています。おれは中は見ていませんが、地元旧家が集めた文化財などの陳列もやっているようで、けっこう見ごたえがあるのかもしれません。岡田記念館に含まれる翁島別邸は、贅を尽くした日本建築で、地味目ではあるんですがこの日見た建物の中ではいちばんものすごいものだったような。
洋館建築系。有名どころでは旧栃木町役場栃木高校記念図書館栃木病院本館などがありますが、他にも岡安歯科医院など洋館の影響を受けたっぽい建物も見受けられました。
また、看板建築は洋館の血筋を色濃く受けていたりするわけですが、そちらも松本床屋若松理容所旧安達呉服店(好古壱番館)舘野家店舗うをよしなどかなりの数が。左官系ばっかしで金属板貼り系が見あたらなかったのはなぜなんでしょうか。あと、てっきり看板建築だと思っていたんですが、関根家住宅店舗/ギャラリーみうら。実は鉄筋コンクリート建築だそうで(記述、間違ってます。次回更新で直しておきます)。
見世蔵とか出桁造りとかはもう数え切れないんで代表例のみでパス。見世蔵は「雅秀」店舗「丸三」「毛塚紙店」「和多忠」「蔵の街観光館」毛塚惣八蔵屋敷(現下野新聞社栃木支局)大島肥料店など。出桁造りは三枡屋本店野口栄三商店天海家住宅店舗長江商店など。

例幣使街道、けっこう面白そうなんだよなあ。たいして遠くもありませんし、ちょっと丁寧にまわってみる価値があるかもしれません。もっとも、単なる宿場町あたりだと、どこまで残っているかこころもとない部分もあるのですが。

今回の追加写真一覧
weblog】先週末のお散歩>例幣使街道・栃木宿
weblog】今回の更新>栃木市街ほか多少
 

2008/02/22
(44361枚)
ちょこちょこ出かけていたら写真整理が間に合わなくなり大量にたまってしまいました。というわけで3系列に分けて紹介します。
1. 草加宿と越谷宿
2. 上毛電鉄/桐生市/わたらせ渓谷鉄道/関鉄
3. 小湊鉄道/いすみ鉄道

  • 草加宿と越谷宿
  • 2008/01/27撮影分。

    まず草加宿。日光街道・奥州街道の宿場町で、千住宿の隣にあたります。
    さほどすごい街並みが残っているわけじゃないんですが、いちおう「
    今様・草加宿」ということで宿場町訴求をやっています。で、古建築が連なっているというほどではありませんが、かなり立派な土蔵建築とか出桁造りとかが残っています。寺社もけっこうありました。観音寺回向院とか薬師堂とか神明神社とか、市役所前には謎のお堂があったりもしました(しかし説明が全くなくてよくわかんなかったのが微妙に残念。ま、市役所に問い合わせればわかるんだろうけど)。本陣は残っていませんが、敷地は堀川産業ビルになっているそうで、比較的わかりやすいですね。んで草加といえばおせんべいで、せんべい屋さんもありました。
    ただなんだ。しょーじきよくわかんないものもいろいろ(笑)。草加駅の駅前には妙な小山がありました(えー、噴水のようです)。なんで駅前整備っていうとこういうもんを作りたがるかなあ、おれにはよくわかりませんが。あと、綾瀬川沿いに旧日光街道が公園化されているのですが、車道との交差部に矢立橋百代橋とゆー歩道橋が。ほとんど使ってるひといませんでしたけどねえ。どうしても歩道橋を作りたいなら、けっこうご年配の方もお散歩していましたから、いっそエレベーターでもつけてもっと金かけちゃえばよかったんじゃないかとか思ったりもして。
    んで、松原団地駅まで歩いて越谷へ。

    越谷は2回目ですが、前回夕暮れ時間切れになったところから続き。
    横田診療所、真横パノラマ撮ってきました。
    前回は渡るに至らなかった元荒川にかかる大橋を渡って大澤宿へ。本陣はこの写真の左側あたりにあったらしいのですが痕跡はなし。また、商業都市だった越谷宿ほどには古建築がないという話でしたが、大澤宿は越谷の宿場町という位置づけだったらしくまあ今となっては旅籠やっててもしょうがないですからね、とはいえまあぽつぽつくらいは。出桁造りとか日本建築+化粧煉瓦とか。
    で、北越谷駅まで歩いて終了。

    今回の追加写真一覧/草加宿
    今回の追加写真一覧/越谷宿
    weblog】先々週のお散歩>草加宿&越谷宿の逆襲
    weblog】更新報告>草加宿と越谷宿

  • 上毛電鉄/桐生市/わたらせ渓谷鉄道/関鉄常総
  • 2008年2月3日撮影分。

    まずは上毛電鉄。西桐生駅だけですが、駅舎の再撮とか、駅舎内部とか。ま、きれいな洋館建築ですわね。ちょびっとだけ雪景色も。

    桐生市街には桐生明治館・旧群馬衛生所を追加。ま、桐生市街は改めてていねいに撮りにいこうと思っていますが、実はこの桐生明治館、桐生市街からはちょっと離れたところにあるんですね、なので車移動のときにかたづけちゃおうと(=^_^;=)。えれえ気合いを入れたリストアがほどこされてますし、なんせ重文ですし、これはなかなかすごいものでした。結局、天気がいいときにまた行ってしまいそうだったり(=^_^;=)。

    んで、この日のメインはわたらせ渓谷鉄道
    メインは雪景色狙いだったんですが、わたらせ渓谷鉄道は撮っていない駅・おざなりにしか撮っていない駅がけっこうありましたので、そのあたりもまとめてかたづけることができました。撮って来たのは大間々駅水沼駅花輪駅(*)中野駅(*)小中駅(*)神戸駅沢入駅原向駅(*)通洞駅足尾駅間藤駅(*)(印つきが未撮orほとんど未撮だった駅。一部後述)。
    列車の本数は少ないのであまり走ってるところは撮れませんでしたが、まあそれはしょうがないです。雪景色は、中野〜小中神戸駅神戸〜沢入足尾駅など。
    んで、イルミネーションイベントをやっていました。大間々駅はすでに昼間撮ってあったし麓の方であまり雪もなかったのでイルミのみ。間藤駅は、たどりついたらすでに夜の帳が降りており、三脚立てるのも面倒な降雪だったので手抜きをしちゃいましたが、ちゃんと撮っとくべきでした。反省。沢入駅は三脚立てて撮りましたが、まあベタっちゃあベタなんですがきれいな風景でした。で、イルミネーションイベント全般の感想。えーと、今だとイルミネーションってLED色バリバリの青白い光が全盛なんですが、ここのイルミネーションは昔の電球式に近い暖色系の色使いでね、これはセンスがいいなあと思いました。

    最後につけたしのように関東鉄道常総線
    騰波ノ江駅雪景色。この騰波ノ江駅の旧駅舎の雪景色も見納めかもしれないものですから。もうひとつ大宝駅雪景色。雪景色である必然性は全然なかったんですが、交換駅化工事をやってるという話がありましたので。

    今回の追加写真一覧/関鉄・桐生・上毛・わたらせ
    weblog】お散歩報告>雪景色1・関鉄常総・桐生・上毛電鉄
    weblog】お散歩報告>雪景色2・わたらせ渓谷鉄道
    weblog】更新報告>上毛電鉄/桐生市/わた渓ほか

  • 小湊鉄道/いすみ鉄道
  • 2008年2月4日撮影分。

    わたらせ渓谷鉄道と同じような感じで、雪景色狙い&未撮駅つぶし。まあかなり未撮駅は減ったんですが、しかし小湊鉄道なんだよねえ、雪景色の写真だけしかない駅がぞろぞろってのもなんだかなぁ(=^_^;=)。
    未撮駅および未撮同然駅で撮って来たのは
    光風台駅上総川間駅上総久保駅高滝駅飯給駅上総大久保駅あたり。光風台は近代的すぎ、上総川間・上総久保・飯給・上総大久保は「駅舎ねーからな」という理由で撮ってなかったんすよねえ。飯給の桜ポジションで最初に雪景色を撮ることになるとはしょーじき思っていなかったわ(=^_^;=)。
    雪景色走行シーンは光風台駅上総鶴舞駅上総久保駅飯給駅月崎〜上総大久保養老渓谷〜上総中野
    寒かったので登りませんでしたが、飯給駅そばの白山神社、いい感じでしたね。桜の季節にでも詣でてみましょうかね。

    んで最後にいすみ鉄道。両端、つまり上総中野駅大原駅は見てたんですが、間がブチ抜けていました。で、夕暮れになっちゃいましたが、偵察をかねて。雪景色は上総中野駅への進入シーンだけ。
    えーと、blogの方にさんざんワルクチ書いちゃいましたけど、なんかこう、キツい感じでしたね。国鉄型の駅舎が全然残っていなかったんですが、赤字で切り捨てられた路線を第三セクターで引き受けるときにガンガン駅舎を新築しちゃうという感覚がおれにはよくわかんないですわ。このノリじゃいずれにせよ続かないわよみたいな感じ。ま、今回は、ざーっと駅を眺めたのみ、そのうち大多喜観光を兼ねてまた行きましょうとは思っていますが、なんかあれは見るたびに憂鬱になりそうな感じで。

    今回の追加写真一覧/小湊鉄道・いすみ鉄道
    weblog】お散歩報告>雪景色3・小湊鉄道
    weblog】お散歩報告>雪景色4・いすみ鉄道
    weblog】更新報告>小湊鉄道/いすみ鉄道

    えーとま、今回はこんな感じです。なんかおなかいっぱいだな。

    2008/01/28
    (43700枚)
    今回の更新。吾妻線・川原湯温泉郷がメイン、ちょっとだけ上信電鉄。

    まず吾妻線
    上越線の渋川駅から大前駅までの55.6キロ。開通が新しいため(長野原まで1945年、大前まで1971年)いまひとつ食指が動かず訪問していない路線でしたが、ようやく項目新設。全18駅中12駅の項目がありますが、大半が車窓から一枚撮っただけで、ま、詐欺みたいなもんです(=^_^;=)。
    散歩したのは主として川原川温泉駅の周辺(川原川温泉については後述)。渋川側にある日本最短7.2メートルの樽沢トンネル、ワーレントラスとコンクリートアーチの組み合わせの吾妻川第二橋梁、大前側にあるプレートガーターとワーレントラスの組み合わせの吾妻川第三橋梁あたり。
    もうひとつ下車したのが大前駅。大半の列車がひとつ手前の万座鹿川口までしか来なくて、一日5本だけだそうで。うーん。いちおう嬬恋村の中心地の最寄り駅なんですけどねえ。駅は殺風景な無人駅仕様。駅前にかかる大前橋がいい感じです。周辺の吾妻川では、なんかけっこうとんでもない大工事をやってましたねえ(ふっ)。

    続きまして川原湯温泉と吾妻渓谷。Web上で探しましたが水没エリアの詳細地図が見当たらなかったので、それも作っておきました。
    吾妻川中流域の川原湯温泉駅〜長野原草津駅付近には、八ッ場ダムが建設されることになっています。吾妻渓谷のかなりの部分と川原湯温泉をはじめとする5地区が水没することになっているそうで(水没エリアの地図)。川原湯温泉は最近「失われる湯治場」とかゆーてけっこうテレビとかにも出てますね。ついでなんで見てこようかと。
    樽沢トンネルは水没区域外ですが、付替えによって廃線になる予定です。吾妻渓谷の全滅を避けるために600メートルほどダムの位置が変更され、鹿飛橋あたりの渓谷はいちおう残ることになっています。ダムサイトは吾妻町と長野原町の町境付近。そこから上流域は長野原駅付近までが水没する予定。
    で、川原湯温泉郷。川原湯温泉郷は川原湯温泉駅よりはちょっと標高が高く、ほぼ川原湯温泉郷と八ッ場ダムの水面がほぼ同じ高さになります(川原湯温泉付近の水没範囲の詳細図)。もうちょっと高い場所に改めて土地を造成してそちらに移転し、新川原湯温泉郷が作られることになっていますが、今回はそちらは見ていません。
    2軒ほど撮り落としがありましたが、温泉宿はなるべく撮り、記録として定員やお値段情報もつけておきました。まだあと何年か時間はありますので、訪問なさる方はご参考までに。派手な日本建築が立ち並ぶようなレトロ狙い温泉地でも、新鋭の宴会向け温泉地でもありませんが、なんとなくそのゆるい感じがいいんじゃないかとか思いました。
    ついでに紹介→川原湯温泉観光協会の公式ページ

    乗り継ぎ時間に上信電鉄高崎車庫をちらっと見てきました。
    以前にはあった建物が撤去されたんだと思いますが、車庫周辺に駐車場が増えていたような気がします。というわけで本社ビルとか。また、ED316とかテム6とかも撮れました。テム(貨車)も何輌現存しているんだろうな。

    とりあえず今回はこんな感じです。

    今回の追加写真一覧
    weblog】先日のお散歩>吾妻線と川原湯温泉
    weblog】更新>吾妻線、吾妻渓谷、川原湯温泉
     

    2008/01/16
    (43479枚)
    今回の更新。日光街道越谷宿歩きおよびその関連。

    まずは越谷宿
    日光街道の宿場町です。日光街道は、千住宿 - 草加宿 - 越谷宿 - 粕壁宿(春日部宿) - 杉戸宿、となっていました。その、千住宿の2つ先の宿場町です。地図
    宿場町の中心は、越谷駅から北越谷駅にかけての東側。元荒川の南が越谷宿でこちらはどっちかっつーと商都であり、北の大澤宿が宿場町の中心だったようです。今回は元荒川の南側だけ。まあそれなりに古建築が残っておりました。以下いくつか。

  • 富士自転車の看板
  • 廃業したらしく屋号はわかりませんでしたが、自転車店にあった看板。バキュームフォームかなんかで作られたものですが、なかなかレトロでございます。
  • 白屋旅館
  • 出桁造りの旅館です。出桁造りは案外多く、わりと良い状態のものが現役建築物として活躍しています。対して看板建築は少ない、というのが特徴でしょうか。ないわけではないんですが。
  • 横田診療所
  • お散歩報告でも紹介した洋館です。元は越谷郵便局。サッシもアルミ化されていない、原型をよく保った洋館建築です。
  • 土蔵建築
  • 中町の交差点あたりから北にかけて、急激に土蔵建築が増加しました。何か理由があるんでしょうなあ。
     
    今回は大澤宿にたどりつく前に日が落ちてしまいましたので、次回は草加宿あたりとからめて行ってきましょう。

    関連で、伊勢崎線越谷駅
    越谷駅は、北越谷駅以南の複々線区間の拠点駅で、2面4線のホームのほか、特急・快速などの通過線があり全部で6線という堂々たる駅です。ま、更新されちゃってますから風情はありませんが(=^_^;=)。
    旧日光街道との位置関係は、いずれも南北に伸びており、西が伊勢崎線で東が旧日光街道です。東口駅前通りをちょっと歩けば旧日光街道との交叉点が。ただ、この交叉点には特にその旨の表示がないんですよねえ。書いておいてくれればいいのに。

    その他。

    春日部駅のホームラーメン。野田線ホームにあるのですが、ここの駅ラーメンはちゃんとだしから作っているものだそうで、凝り凝り系ではないのですが正しい東京ラーメンの系譜のものであるように思います。冬のくそ寒い日にホームに流れるラーメンのかおりは、罠としか思われません。

    前回は日が落ちてしまった武里駅。駅舎そのものは橋上駅舎なんですが、橋上通路部に商店街が形成されており、それもちょっと今風ではない感じで、なかなかです。できればこう、マクドナルドじゃなくて定食屋かなんかがはいっててほしかったけどなあってか(=^_^;=)。
    それから、西口駅前の上原ビル。駅前広場にどーんと鎮座まします壁ビルで、数十メートルの幅があります。あまりに幅が広いもんだから、まんなかへんには裏に抜ける通路があったりなんかして。ブブちゃん通りというそうですが、ブブちゃんってどういう主旨のキャラクターなんでしょうね。
    もう一個、武里平成通り商店会の街灯。いやあ、街灯ウォッチングなんてもんもやってたわけですが、ここまでゴテゴテしているものはあまり見かけないよーな気がします。なしてこうなっちゃったかな(=^_^;=)。

    ま、今回はこんなところです。

    今回の追加写真一覧
    weblog】先日のお散歩>越谷宿
    weblog】更新>越谷宿・武里駅・春日部ラーメンとか
     

    2008/01/07
    (43336枚)
    今回の更新。年末撮影分です(リンク先は個別ページの場合が多いです。その場合、下の<>で囲まれたタグから一覧に入れます)。

    まず廿世紀(にじっせいき)浴場。日本堤にある、1929年に建てられた銭湯で、しばしば「アールデコ銭湯」などと表現される、有名な建築物です。
    すでに項目はありましたが、2007年いっぱいで廃業するとのニュースを聞きましたので、最後にもう一回ということで、行ってきました。えー、編集してたら大半が差し替えとなり、過去分の多くがボツ送りになっちゃいましたが、まあクォリティは上がったと思うんでよしとしましょう(=^_^;=)。
    灯がはいってる廿世紀浴場の夕景なんかも見納めになりそうなので、ちょっと丁寧に撮ってまいりました。

    続きまして同潤会三ノ輪アパート
    三ノ輪というか、今の地番では東日暮里ですが、そこにある同潤会アパートの最後の生き残りのひとつ。老朽化のために建て替えが決まっています。2007年春には住民の退去が終わり、いつ取り壊されても不思議はない状態になっていましたが、あにはからんや2008年まで生き延びました。なので、これもせっかくだからS3proでも撮っておこうということで。
    しかしなあ、これからどうなっちゃうんでしょうか・・・。工期が延びると住民的にはしんどかったりするわけでなぁ。

    えー、それから新機軸というかなんというか。小金牧
    小金牧は、現在の千葉県北西部に広がっていた江戸幕府の軍馬放牧場。いやあ、広いとは聞いておりましたが、地図を作ってみて改めて驚きましたねえ(1100×2250dotsあります。要注意)。こんなに広かったんすか・・・。
    んで、馬が逃げて付近の畑を荒らしたりしないようにということで、野馬堀・野馬土手などと呼ばれる囲いが作られ、その跡が残っているところがあるものですから、それを撮ってきたということです。水戸街道からの流れみたいなもんですね。
    なお、広いわけで、当然牧内部にも村などは当然ありました。ただ、街道が中を貫いているんですが宿場町は設けられず、また基本的に寺社も作られなかったそうです。ほー。言われてみれば、寺社類は外縁部に散在しております。

    鉄道がらみ。

    まず、つくばエクスプレス定点観測の流山おおたかの森駅などに追加。「三丁目の夕日2」を見に流山おおたかの森のシネコンに行ってきたので、そのついでに撮ってきたもの。
    さほど大きな変化はありませんが、TXグランドアベニューおおたかの森11月20日に開業し、東側から見たときの高架下が埋まりました。北側はあいかわらず・・・ですが、駅至近の住宅はだいぶどかされてしまいましたね。

    常磐線の南柏駅。小金牧の流れです。南口の駅前広場が完成したのでついでに撮ってきたのですが、なんかこう、あっと驚く変貌って感じ。対する北口はこんな感じでさほどの変化はありません。

    あとはお散歩目的地の周辺をちょぼちょぼ、という感じです。

    今回の追加写真一覧
    weblog】2007年最後のお散歩>小金牧と同潤会と廿世紀浴場
    weblog】更新>廿世紀浴場・同潤会三ノ輪・TXおおたか他
     

    2008/01/04
    (43219枚)
    今回の更新。主として鉄道博物館。以下の項目に区分してあります。

    ・鉄道博物館(トップ)
    ・エントランス
    ・一階
     ・鉄道黎明期
     ・鉄道拡大期
     ・特急の誕生と通勤輸送
     ・大量輸送と電化時代
     ・広がる特急網
     ・新幹線の誕生
     ・鉄道による貨物輸送
    ・二階
    ・屋上
    ・ラーニングホール
     ・三階ラーニングホール
     ・二階ラーニングホール
     ・一階ラーニングホール
    ・ミニ運転列車&ミニシャトル
    ・屋外
    ・動態保存車
    ・北エリア

    まあ、当分なくなるものでもないでしょうし、今の写真は「開設直後の状況」の記念以上でも記念以下でもないでしょうから、あまり気合を入れて撮ってはいません。展示車輌はそれなりにあるにせよ、むちゃくちゃ撮りにくいし。とりあえず初回の感想はWeblogに書いてあります。

    関連で、埼玉新都市交通(ニューシャトル)を再編成しました。

    今回の追加写真一覧
    weblog】先日のお散歩>鉄道博物館
    weblog】今回の更新>鉄道博物館と埼玉新都市交通と猫
     

    2007/12/23
    (43139枚)
    今回の更新。水戸街道の荒川沖宿〜土浦宿を新設。南から順番に。

    荒川沖宿
    荒川沖宿。最寄り駅は常磐線荒川沖駅。正式な宿場町ではありましたが、継の宿という扱いであり、本陣は置かれていませんでした。また、宿場町としての役務のかなりの部分を牛久宿に依存していました(牛久宿側は、それをかなりいやがっていたという記録もあるようです)。
    そういうわけで宿場町としては小規模であり、また現在もさほど大きな町に発展しているわけではありませんが、そのせいか多少、宿場町の風情が残っています。「佐野屋」は、江戸時代に建設されたらしい茅葺屋根の旅籠。上がり口のところはブロック塀で見えなくなっていますが。「鶴町たばこ店」も、茅葺屋根の商店。現役商店であり、たばこ店なのに店頭に自動販売機がないという、なかなかすばらしいものです。

    荒川沖宿〜中村宿中村宿
    えーと、さほどこう、すごい見ものはないです。中村宿は、本陣も置かれていたちゃんとした宿場町だったのですが、ほとんど宿場町としての痕跡はありませんでした。

    中村宿〜土浦宿
    土浦宿南側は、多少街道筋の痕跡がありました。道路が拡幅されているところにも高野酒店のような街道筋商店が見出せましたし、お屋敷なども。
    土浦宿へのエントリーには新道と旧道の追分があり、そこにも旧家が。桜川に向けて降りる坂道沿いには愛宕神社常福寺があり、愛宕神社の本殿は見事な茅葺。出桁造りの商店・民家も残されています。

    土浦宿
    江戸側の一角に追加。

    ま、地味目ではありますが、建築物がらみではそれなりに収穫が多かったように思います、はい。

    今回の追加写真一覧
    weblog】先週末のお散歩>水戸街道・荒川沖宿〜土浦宿
    weblog】更新>水戸街道・荒川沖宿〜土浦宿
     

    2007/11/22
    (42966枚)
    先に小ネタ。東京モーターショーに行ったついで。
    京葉線海浜幕張駅、東金線福俵駅など。
    京葉線では偶然にも205系01Fと遭遇。向かいのホームにまでまわる時間はなくホームがかかっちゃってますが。また千葉県内路線、思いのほか急速に211系がのさばってきているように見えました。いやま、たいして写真は撮っていませんが。房総半島方面ってけっこう乗車時間が長い路線とかあるわけで、全ロングシート車がのさばるのは歓迎できないなぁ。

    今回のメインねた。東武伊勢崎線埼玉県内。埼玉県民の日の一日フリーで、なんかこういうことでもなければ降りないだろう駅をいくつかまわってきました。北から、羽生駅・南羽生駅・加須駅・鷲宮駅・和戸駅・姫宮駅・一ノ割駅・武里駅。

    羽生駅。秩父鉄道とのジャンクション駅だし、過去にも降りておりますが、橋上化が完了してからは初降り。いやあ、でっかくなっちゃって。りく橋は取り壊されてしまいましたが、橋上駅舎の自由通路部にメモリアルボードが掲げられていました。
    南羽生駅。新建材張りにはなっていますが、木造平屋の小規模でなかなか好ましい駅舎が残っています。駅前はわりと殺風景。
    加須駅。追撮です。北口側の謎のエスカレータも撮ってきました。まあ謎っていうか、エスカレータの配置の都合で段差が出来てしまっただけでしょうけど、正直使い勝手はよくなさそうです。
    鷲宮駅。橋上駅舎で西口側には川が並行しています。市街地もまあそれなりに面白そうではありますね。
    和戸駅。新建材張りになってはいますが、木造平屋の小規模で好ましい駅舎。駅前はわりと閑散。
    姫宮駅。最近の橋上駅舎。
    春日部駅では降りませんでしたが、なぜかスペーシアとりょうもうの並びが撮れましたが、なんで中線で200は寝ていたんだろうか。
    一ノ割駅。もう完全に通勤区間の駅なんですが、これがけっこう下町風っていうかちょっと前の新興住宅地風っていうかで、いい感じだったりします。もともと日光街道沿道ですから、探せばそれありに古い町並みなどもがあるのかもしれません。
    武里駅。橋上駅舎なんですが、やや古い様式のものです。通路部には商店街があります。ほとんど暗闇でしたし、改めて撮りにいったのがいいかもしれません。

    まあ何にせよ、見て回れば楽しいんですが、なかなかきっかけがね。きっかけを掴んで、あるいは作って、おでかけにつなげるあたりの元気がいまいちで。うーん。

    今回の追加写真一覧
    weblog】更新>京葉線東金線に小追加、伊勢崎線に大追加
     

    2007/11/11
    (42680枚)
    今回も小ネタの嵐っていうか、なんかポイントさだまってないなあという感じですが。

    水郡線関連。
    水郡線にわずかに追加。玉川村駅山方宿駅などの撮りなおし。E130系気動車など。ふと気付くと水郡線から110系気動車がいなくなっちゃってました。
    変化は。中舟生駅のホーム待合室が更新されました()。下小川駅の駅舎が更新されました()。
    軌陸車なんかも見かけましたので撮ってきてあります。あと、もう一週間も前ですからあんまし役に立たないかもしれませんが、紅葉はこんな感じでした。
    ついでとゆーかなんというか、山方町の風景を新設。ひとつひとつ丁寧に駅を降りて歩いてみればそれなりに面白そうなんですが、それはおいおいってことで、とりあえずあるもんまとめただけです。

    常磐線とか関連。
    石岡駅に閉鎖型喫煙所が登場。水戸駅あたりにもあるみたいで。
    鹿島鉄道の方は、跨線橋は残ってました。旧駅エリアはとりあえず全部駐車場になるらしいのですが、駅至近とはいえ入り口が逆サイドにしかないからなぁ。そのうちSUICA端末でもつけて跨線橋が復活しちったりしてな。

    関東鉄道関連。
    特に何も考えずに久々に行ってみたら鉄道の日イベントの当日でございまして(はぁ)。ついでなんでちょっとだけ寄ってきました。
    タラコ色の101。京浜東北色の35183519。国鉄ツートーンの354。北線用新車の24052406。2400が2輌プラスになっちゃいましたからね、タラコ101と常総旧色の102はそろそろ終わりかもしれません。
    オークションには、鹿島鉄道がらみがいろいろ出されていたようでした。601の70周年ヘッドマークとかタブレットホルダーとか。

    池袋周辺。
    豊島区の風景に、雑司が谷と池袋本町を追加。かるーく歩いただけなのでたいしたことはありませんが。鬼子母神駅前にあった豊島屋がなくなっちゃっていたんですよぉ(=・_・、=)
    東武東上線、下板橋〜池袋間を多少追加。北池袋駅の両側の踏切も撮ってきました。北側南側。こないだ事故があったのってどっちだったっけか。子連れでここを強行突破しようって、それはまあ踏切が危ないとかなんとかいう種類の話じゃないような気がしましたけどね。
    そいから、旧長崎道踏切ですが、廃止後にはじめて訪問。こんなんなってました。西武の高架も架け替えられましたから、場所がもうよくわかりません。

    今回の追加写真一覧
    weblog】更新>水郡線とか関東鉄道とか東上線とか
     

    2007/11/03
    (42500枚)
    今回の更新。小ネタばかりで、枚数もわずかですが。

    まず、つくばエクスプレス定点観測に、撮り落とし分の八潮駅・三郷中央駅を追加。2年を2ヶ月ほど過ぎてしまいましたが、これで地上駅はひとまわりしました。
    八潮駅。北西側はかなり建つもん建ったかなという感じ。まだ空き地や駐車場もありますし、駅前広場・駅前通りから1本はいるとまだまだですが。定点観測地点も、第一地点第三地点などはほとんど見通しが利かなくなってしましました。対する南東側は、遠くにマンションが1件できた程度。
    三郷中央駅。前はホーム階の窓もあけられたし、そこからカメラを突き出してパノラマが撮れたんですが、落下物防止とかいう理由で施錠されていました。どこかの馬鹿高校生が空き缶でも投げたんでしょう。死んでしまえ。んで、駅西側にマンションとキヤノンの施設ができた程度で、さほど大きな変化はなし。

    続いて修悦体
    日暮里駅・新宿駅あたりで見られるらしいですが、警備員の佐藤修悦氏がガムテープで作ったガイド看板の文字が妙に注目され、修悦体などと呼ばれて話題になっています。日暮里駅で何枚か撮ってきました。

    三信ビルその後。
    2007年3月いっぱいでニューワールドサービスが閉店となり、それとほぼ同時にフェンスが立ちはじめました。6月には全面がフェンスで囲まれ解体工事が本格化。しばらく見にいっていませんでしたし、もう気合いを入れて撮影する気もなくなってたわけですが、とりあえず現状。もう取り壊しはほとんど終わって、フェンスも二階部分くらいまでの高さしかなくなっています。あーあ。

    谷中銀座商店街と夕焼けだんだん。夕景ですしひとが多いのでたいしてちゃんと撮れてるわけじゃありませんが、まあ下町の代表的風景ではありますから。

    今回の追加写真一覧
    weblog】更新>TX定点観測・修悦体・三信ビルなど
     

    2007/10/23
    (42443枚)
    今回の更新。久々の流山電鉄と両毛線。

    まずは流山電鉄。流山駅から幸谷駅までたらたらと歩いてきました。たいして新しい要素はありません。
    流山駅B面。駅舎は旧市街側にありますが、逆サイドにも住宅地が広がっています。市役所もあり。跨線橋を渡ったところに駅前広場があります。
    信号機3灯式4灯式を、2灯式として使っています。
    小金城址駅。かなり初期のものと思われる橋上駅舎です。もともと駅ビルから跨線橋を渡ってホームに行くような作りだったと思われます。逆サイドにも出入り口を作る際に橋上駅舎化されたのでしょう。
    周辺風景で女躰神社平戸弁天松戸市消防団20分団など。

    両毛線に追加。
    既存項目の追加分として、小山駅構内側思川駅新駅舎足利駅構内側
    新規分として、大平下駅岩舟駅富田駅山前駅小俣駅桐生駅わたらせ渓谷鉄道下新田駅など。
    大回りで車窓から撮っただけですからたいした資料性はありません。

    風景小物類として、グレーチングの項目を作りました。グレーチングは、金属製の側溝などの蓋に使われる部品。帯板を組み立てたものや鋳物製のものがあります。

    今回の追加写真一覧
    weblog】更新>流山電鉄と両毛線
     

    2007/10/16
    最近、Weblogの方がネタ切れ気味だったので、「鉄道と関係があるテレビコマーシャルグラフィティ」というのを始めてみました。1986年からスタートしてます(1990年分くらいまでしか資料がありませんので、そこまで行き着いたところで終わりになります。んでもネタは200件やそこらあるはずだけど)。現在までに掲載してあるのは以下の通り。

  • 小田急/江ノ島・鎌倉フリーパス
  • ホンダ/ワンダーシビック・セダン
  • 京急・小田急/グループ企業告知
  • 白鶴/まる
  • マルマン/禁煙パイポ
  • 東和証券/企業
  • ブルボン/チョコあーんぱん
  • ニチレイ/中高生のお弁当
  • ドクターショール/ウィンターインソール
  • 野岩鉄道/会津鬼怒川線開通告知
  • 国鉄/ナイスミディパス(舞台篇)
  • 国鉄/フルムーンパス
  • 国鉄/ダイヤ改正
  • 国鉄/シュプール号(1987年1月8日〜運転分)
  • 著作権侵害騒動には巻き込まれたくないんで、説明テキスト+カットポジ程度です。動画をお見せできなくて申しわけない。当面、予定稿つっこんでおいてあとは自動更新にしておきます。しばらくは毎日更新ができるはずですので、興味がある方はよろしくどうぞ。

    weblog】CMグラフィティ
     

    2007/09/15
    (42325枚)
    今回の更新。東武伊勢崎線を再訪して伊勢崎・剛志・境町あたり。もうひとつは、つくばエクスプレスの定点観測・流山セントラルパーク以北。

    まず伊勢崎線関連。だいぶ昔にひととおりまわっていますが、そろそろ伊勢崎駅付近の連続立体交差化工事も本格化するとのことなので、改めて行って来ました。
    伊勢崎駅は、まだあまり変化していませんでした。ただ、連続立体交差工事は駅まで迫ってきていましたし、南北自由通路はその工事準備ですでに廃止されていました。また、駅周辺は、再開発事業が行われていて、こんな感じだったりこんな感じだったり。再開発事業はこれまでも、これからも、かなり広範に行われる模様でした。
    新伊勢崎駅も、さほどの変化はありませんでしたが、駅そばのメルカドがなくなっていたのが痛かった。

    前回は駅しか撮ってませんでしたから、今回は町並みも。伊勢崎市街。 そういうわけで区画整理がだいぶ大胆に行われており、目抜き通りは古建築が壊滅していたりしましたが、丁寧に歩けばまあそれなりに。伊勢崎教会は追撮、あとは新撮。主なものは、1925年建築の銭湯「寿美乃湯」、1927年建築の看板建築「村越美容院」、1912年建築の洋館建築「黒羽根医院旧館(現いせさき明治館)」、1915年の旧時報鐘楼、1945年頃建築の看板建築「高橋米穀店」など。
    あと、これを見たかったんだよな〜。伊勢崎モスク。ま、建築としてはさほど面白いものではない普通の重量鉄骨建築ですが、これからモスクがどのように日本の風景に定着していくのかというあたりが興味深いです。

    続きまして、剛志駅。東武線の木造駅舎もガンガン減ってきているのですが、いまだに原型を色濃く残したまま生き残っているもののひとつ。せっかくなんで丁寧に撮っておこうかと思いまして。

    それから、境町駅周辺市街
    境町駅周辺には日光例幣使街道が通っており、いちおう街道筋を歩いてみようかと。さほどこう、ものすごい古建築があったわけではありませんが、まあそれなりに街道筋でした。湯浅医院なんてのがありましてね、入院設備もありそうなそれなりの規模の病院で、作りもなかなかの洋館でした。境町モスクも見てくればよかったんだけど、境町は思いつきで降りただけで下調べをしていませんで、駅前のパチンコ屋の跡ってことだったんだがそんなもんみつかりませんで。帰ってきて調べたら50メートルまでは近づいていたな。
    他、世良田駅太田駅の現状など。

    もう一件はつくばエクスプレス定点観測2007。今回は、つくば側の研究学園駅からはじめて流山セントラルパークで日没時間切れとなりました。
    ま、中身は見てくださいって感じですが(=^_^;=)、開業1年と2年の間だと、大きく変わったのは、マンションがだいぶ建ってきたあたりでしょうかね。だいぶマンションに邪魔されて駅が見えないポジションが増えてきてしまいました。うむー。
     
    今回の追加写真一覧
    weblog】今回の更新>伊勢崎線末端区間とTX定点観測2007
     

    2007/08/30
    (41994枚)
    今回の更新。総武線・東金線・外房線を乗り鉄がてら。江戸東京博物館での大鉄道博覧会。台車をいくつか。

    まず、総武線東金線外房線
    そういうわけでお散歩にでかけたのですが、あまりの暑さに町歩きをする気になれませんで、駅に着いた時点でくじけました。そこで大回り乗車でもやるかと。我孫子から成田経由佐倉まで成田線、佐倉から成東まで総武線、成東から大網まで東金線、大網から外房線。駅から出ていませんので、たいした写真はございません。

    江戸東京博物館の大鉄道博覧会。
    こちらもたいしたものはありませんが、と。下高弁慶東洋活性白土2号機くらい。
    あ、ついでなんで。東洋活性白土の1号機(ドコービルレプリカ)について、weblogの方に質問が出ていたのでこちらでもその後を説明しておきましょう。えー、1号機は、羅須地人鉄道協会まきば線にいます。それどころか、ボイラーを新製してレストアがかかってます。2002年段階でここまで仕上がっておりました。その後どうなっているのかよくわかりませんが、すでに復活しているか、おいおい復活するか、どちらかでしょう。ドコービルレプリカのベルペア火室の新製ボイラーですからね、それだけでも見る価値はあります。

    最後に、台車いくつか。いやあ、某クイズ番組から「ボルスタレス台車の写真ねーか」とかいうメイルが来たもんで、そーいや新しめの台車の写真がねーなとか思いまして。
    新潟鐵工所(現新潟トランシス)もボルスタレス作ってたのねえ。というわけで、この日のファーストカットはNP128D。NDCがはいているボルスタレス台車です。あとはまあ、DT61とかDT61GとかDT71とか。ついでに、ボルスタレスじゃないけどDT46Aなんかも。で、台車の項目も大手術しましたが、まだ調査が甘いな〜。とゆーか、地方私鉄の電車の台車の型番なんかはかなり気合いを入れて調べないとわけわかんないからなあ。おいおい、なんとかしましょう。小坂精錬のナロー客車のイコライザ台車とか、これまで台車の項目にはいっていなかったものも補強しておきました。

    今回の追加写真一覧
    weblog】前回の更新>千葉県内の路線・大鉄道博・台車
     

    2007/08/09
    明日、2007/08/10の22時頃からサーバ機のメンテナンスを行います。30分程度停止する予定です。メンテナンスの内容は、これまで頻々とトラブルを引き起こしてきたファンの交換と、回線の付け替え作業です。前者についてはとりあえずこのトラブルについて言えば完治かと。後者については、しばらくはつながりにくいといった症状が出るかもしれませんが、よろしくお願いします。
     
    2007/07/29
    (41902枚)
    今回の更新。佐野市街・中央線E233ほか・東武鉄道の8000系・柏市豊四季風景・関東鉄道常総線の車輌、など。

    佐野市街。佐野は、佐野藩の城下町で、日光例幣使街道の宿場町(天明宿)だった古い町です。佐野厄除大師の門前町でもあります。東武佐野線の佐野市駅と、東武佐野線・両毛線の佐野駅に挟まれたエリアに東西に旧市街地が広がっています。関東外縁都市群のひとつでもあり、織物などで栄えた時代もあります。なので、それなりに古い建物が揃っています。
    いくつか紹介。

    みどりの湯
    ベランダつきの銭湯。今ベランダのある部分が使われているのかどうかわかりませんが、銭湯の二階に座敷があった時代の名残を残す建物なのかもしれません。
    卯建のある商店
    卯建を持つ土蔵建築の商店。
    三木商店 左官系看板建築の商店。看板建築もそれなりにありますが、まとまった看板建築街を構成しているところはありませんでした。
    日本基督教団佐野教会
    日本基督教団(プロテシタント系)の佐野教会。1934年の塔屋つき木造建築で、文化庁登録有形文化財。プロテシタントの常で荘厳な教会建築を狙ってはいませんが、築70年ですからね、熟成されていい感じになっています。
    影澤医院
    洋館建築の医院。窓サッシはアルミ化されていますが、着色サッシなので違和感はあまりありません。今も現役の病院です。
    田丸屋漬物店
    出桁造りの商店。前には鋳鉄製の郵便ポストもあって、なかなかいい感じの街角になっています。

    続きまして中央線ほか。神田駅で駅撮りしただけですが、E233がだいぶ増えてますね。201系E233系。通りかかった中央ライナーなども。

    東武8000系。いやあ、特に「コレ撮ろう」みたいな意図があったわけじゃなくてS3proをとりあえず使ってみようの一環。
    ついでに千葉県柏市豊四季の風景。東武野田線の豊四季駅付近です。駅周辺にはさほど古い建物はみつかりませんでした。せいぜいベランダつき看板建築くらいですかね。それから諏訪神社。この付近の中核神社で、鬱蒼たる森を持ち、大量の脇社もある立派な神社です。しかしなんだ、三脚も広角ズームも持っていなかかったんだよなあ。前のコンデジ写真よりはマシではありましたが。

    最後、関東鉄道常総線の車輌。平日朝の本数が多い時間帯にまとめ撮り。キハ310とキハ000はコンプリート。キハ30・キハ35は、あんまし走っていませんねえ。2000シリーズは多少まだ撮れていないのが残ってしまっています。まあ、別のコンプリートしたからどうって話じゃないんだけど。
    守谷駅前の明治神宮にも多少追加。祭りの準備をしておりました。そういやもう8月なんですよねえ。
    もひとつ、守谷駅前定点観測。西側駅前の変貌がいちばん大きいのかな。歩道橋上から駅前広場を眺められるポイントをさえぎる場所に工事がスタート。このポジションは辛くなってきましたねー。それから八坂口にも建物が建ち始めました。
    今回追加分からフジフィルムFinepixS3proが稼動。


    今回の追加写真一覧。佐野市街/中央線関連常総線/東武線の車輌
    weblog】更新>佐野市街/東武・常総線・中央線の車輌
     

    2007/07/14
    (41540枚)
    今回の更新。春日部市街水戸線

    まずは春日部市街に追加。
    いやあ、先日春日部市街のページにも地図をつけようと思って作業をしていたら、市街地の西半分くらいしか写真がないことが判明。そこで東半分をメインに歩いてきました。
    基本的には、日光街道沿道は拡幅整備が行われてしまっており、あまり街道筋の風情は残されていませんが、まあそれなり。いくつか挙げておきましょう。
    東町大下稲荷神社八坂神社。いずれもあまり典型的な神社ではありませんが、いまどきの地元密着型神社のひとつのスタイルではあります。神社はもういっこ、香取神社。なんか神殿のまわりにコンクリート壁がめぐらされており、その上には鉄条網まではりめぐらされていた気配が。
    いくつかくらいは街道筋の気配を残す物件も。駅至近の街道沿いには土蔵建築が散見できます。郵便ポストがある大店とか永嶋庄兵衛商店とか。また、建物ではありませんが、一里塚跡の石碑やら日光街道と関宿道の追分石碑とか。
    もうひとつ、春日部駅の西側を北東〜南西に走っている通りがありますが、これは岩槻から春日部に来る道。こちらも多少は拡幅されているにせよいまどきの道路にはなっていません。こんな感じ。でだ、日光街道と岩槻道の追分のところには山田半六商店という大店があったんですが、周囲一帯がマンション建設かなんかで取り壊されてしまっていました。この再開発で同時にさようなら〜になったのは日本建築の商店出桁造りの商店蔦のからまる商店など。岩槻道にはいったあたりはさほど変化はなく、出桁造りの商店土蔵などを見ることが出来ます。

    関連物件。東武野田線の駅を2つほど。
    ひとつは川間駅。これまで抜けていて項目がありませんでした。長い二等辺三角形のホームを持ち、線路の間に駅舎があって地下の自由通路で両側の駅前とつながっているタイプ。
    もうひとつ清水公園駅。橋上化するんだとばっかり思っていましたが、地下化であり、いつのまにか完成していました。跨線橋旧駅舎は、まだ残っていましたがもう使われていません。B面にも出られるようになりましたが、まだな〜んもありませんね。

    もう一件、水戸線
    水戸線は散発的にしか写真がありませんでしたが、今回全駅を回ってきました。友部・宍戸・笠間・稲田・福原・羽黒・岩瀬・大和・新治・下館・玉戸・川島・東結城・勇気・小田林・小山。これでコンプリートだよな。
    友部は橋上駅舎化されてました。旧駅舎時代の写真、載せてはいないんだがどっかに一枚二枚あったような気がするんだよなあ。ま、掘り出せるようならそのうちはっつけておきましょう。笠間は、夜景しかなかったんで昼間の写真も。
    えー、古い駅舎が残っているのは稲田駅福原駅羽黒駅新治駅下館駅川島駅あたり。あ、リストアップしてみると案外あるんだな。駅舎以外の古物件は、稲田駅の便所とか福原駅の油庫とか。

    関連物件その1。建築物とか。
    笠間の映画館「昭和館」に追加。稲田駅付近で発見した「中野商事」、小山の旧日光街道筋で発見した「塚本耳鼻咽頭科医院」など。
    関連物件その2。小山デルタ線
    小山にはデルタ線がありました。もともと水戸線というのは水戸方面から東京に物資を積み出すのが主目的でした。なので、友部方面から来た列車がそのまま東京に向うことができるようになっていたんですね。小山駅を経るとスイッチバックしなくちゃなりませんからね。で、小山・小田林・間々田を相互に結ぶかたちでデルタ線が構成されていました。だいぶ昔に使われなくなっていたようで、その後どうなっていんだろうと思ってましたが、線路はひっぺがされてました。

    今回の追加写真一覧
    weblog】更新>春日部市街・水戸線・小山デルタ線など
     

    2007/07/06
    (41257枚)
    まずは茨城県桜川市真壁町の風景。元は単独で真壁町でしたが、2005年に隣接する岩瀬町・大和村と合併し、桜川市となっています。

    真壁は、江戸時代初期に真壁藩があって、城下町でした。その後笠間藩と合併して笠間藩領に。このエリアの物資集積地などとして長く栄えてきた町です。筑波鉄道があった時代にはその中核駅のひとつでもありました。しかしその後、筑波鉄道が廃止になり、陸の孤島状態になってしまいました。
    前から一度丁寧に見てみたいと思っていたのですが、なんせ陸の孤島、Webで調べてもバス便情報もろくにありませんで(単にバスの本数が少なく、おれが「まさかこんなに少ないわきゃあるまい」と思っただけだったんですが)、どうしたもんだろうかと。考えた末、バス便がそこそこある筑波山口まで行って、あとはレンタサイクルで真壁まで、ということにしました。ついでなのでつくば市筑波町の風景も。

    で、真壁町。
    真壁町は、なんか異様に登録文化財が多いんですね。登録文化財は、登録申請をすればおおむね登録されるものですから、競うようにして登録申請が出されたような気配が感じられます。しかしまあ、登録されていればある程度は個々の建築物の情報も整理されるし、古民家などの資料を充実させるにはとても良いフィールドだということにもなります。
    それから、うまくいくかどうか知りませんが、目下「蔵の町」として売り出そうという動きがあります。それが成功しちゃったら川越みたいな大混雑状態になるやもしれず、その前にっていうこともあります(いや、成功してほしくないわけではないぞ、ぜひ大成功してほしい)。
    また、なんでだかわかりませんが、Web上にも真壁町の情報って少ないんだよね。旧真壁郵便局の写真くらいはいくらかみつかりましたが、それ以外はほとんど発見できず。意外なくらいエアポケットになってました。ならばそれなりに充実したページを作っておけば多少は役に立ててもらえるかも、と思ったということもあります。

    今回は、そういうわけで、地図もすでに登録済み。ついでというかなんというか、新企画っていうか、まあ思いつきですが、訪問前にデータを作ってあったので、真壁町のページの末尾に「文化財一覧」もつけてあります。
    この一覧の作成に際して前村記念博物館さんが作成なさっている文部科学省告示の打ち込みデータをたいへん貴重な手がかりとさせていただきました。記してお礼申し上げます。
    また、真壁町・筑波町分については、項目全部が新撮なので、「今回の追加写真」には含めていません。茨城県桜川市真壁町つくば市筑波町をご覧下さい。

    もう1件。常磐緩行線の車輌まとめ撮り。
    常磐線はまあ、昔から希少車の巣窟だったわけですが、いまだにその伝統は多少残っています。近々にE233が大量投入されてまた様相が変わりそうなので、我孫子駅で車輌が一周するまで粘ってきました。東京地下鉄6001F以外の希少車はひととおり見ることができました。そもそも、重大な撮り落としがあったわけじゃないんですが。淘汰が近い国鉄203系はトップナンバーをはじめとして数編成、たった1編成しかない207系900番台、2編成ある209系1000番台は1001編成1002編成、それから東京地下鉄06型
    ついでに、千葉県我孫子市の市街地にも僅かに追加(香取神社のみ)。飯泉米店がどうなったかなぁというのも見てきたんですが、きっちり道路拡幅がなされて、街道筋の面影はきれいさっぱり消えておりました(=・_・、=)。

    今回の追加写真一覧(常磐緩行線分のみ)
    weblog】町並トレックIV「真壁への長い道」(1)
    weblog】町並トレックIV「真壁への長い道」(2)
    weblog】更新・紹介>町並トレックIV「真壁への長い道」(3)
    weblog】日曜日のお散歩>我孫子駅
     

    2007/06/21
    (41010枚)
    品川駅から青物横丁駅あたりまで、基本的に旧東海道の風景、ちょっとだけ京浜急行の風景を、追加しました。

    まずは旧東海道品川宿
    今回歩いたのは主として北品川。南品川も歩きましたが、日が暮れてしまったのでボツにしました。また歩いてきましょう。基本的には、旧東海道は海岸沿いの道で、京都に向って左側はほぼすぐに海でございました。変われば変わるものです。地図には旧海岸線も記しておきました。
    まあ、なんぼ旧道筋とはいえ東京ですからね、さほど古い町並みが残っているわけではありません。しかしま、それなりに見所はいろいろ。たとえば善福寺の本堂。漆喰職人として名を残す伊豆長八の鏝絵が残されています。品川神社の参道でもあった新馬場駅北口商店街にはちょっといい感じの看板建築がありました((1)(2))。銭湯「弁天湯」の裏手にはフランドル積みの煉瓦蔵がありました。
    北品川は、目黒川にかかる品川橋で終わり、そこからは南品川。品川橋を江戸側から京都側から。この目黒川の川筋も大胆に変わってますねえ。明治時代の地図ではまだ蛇行していました。
    おまけ。品川橋の南詰には交番の跡が。交番時代の正式名称がわからないんですよねえ。品川警察署にも電話をしてみたのだが「そんな昔のことはわかんねーな。アンタ、あの交番の何なのさ(大意)」とか言われてしまいました。もともとこの交番は、旧品川警察署の前にあった交番のはずなんだが、いろいろなことがわからなくなるスピードもだいぶあがってきているような気がします。ついでですが、この交番は、テレビドラマ「Liar Game」のロケ地にもなってたようで。ゲームの黒幕のひとりとされる渡辺いっけいが演じる警官がいたのがここだったのじゃなかろうか。おれ、甲斐谷忍(原作者)、わりと好きなんだよねえ。

    で、あとちょっとだけ京浜急行
    東海道線などをまたぐトラス橋。それから八ツ山通り踏切。乗って通過してもけっこうすげえなあと思うわけですが、地面から見てもやっぱすごかったわ。ま、京浜急行ももとは路面電車みたいなもんだったわけだからね、それを無理やりあのぶっとばすことで有名な高速鉄道に育てたんだから、たいしたもんだわ(=^_^;=)。
    あとはま、いくつか駅。北品川駅。もともとは京浜急行の終着駅だったのよねえ(ちょっと南に移動してはいるが)。新馬場駅。外側から見たのは初めてだったような気がする。

    ま、サーバ修理のあとの夕方のお散歩だから、この程度でございます。

    今回の追加写真一覧
    weblog】更新>品川宿と京浜急行
     

    2007/06/17
    (40891枚)
    今回の追加は、鹿島鉄道その後・茨城交通湊線・水郡線那珂川橋梁付け替え工事とE130系の導入・水戸市街の風景・神田と丸の内、あたりです。

    まず鹿島鉄道。ま、経過観察です。総体としては「鹿島鉄道・廃線」に追加してあります。
    石岡駅はかんっぜんにサラ地になってしまいました。玉里駅は、上り線のホーム待合室が撤去されました。常陸小川駅玉造町駅も、駅舎は取り壊されてサラ地になっていました。榎本駅は、まだホームは残っていましたが、駅舎は取り壊されました。鉾田駅は、取り壊し工事の真っ最中でした。あーあ。

    続いて茨城交通湊線
    なんか近場なわりに手薄な路線で・・・。もともとおれ、私鉄志向が強くて国鉄型の古い車とかってあんまし惹かれないんだよなあ。でもまあ、んなノンキなことを言っていられる状況ではなくなりつつあるわけで、ちょっと考え直さないとあかんかもしれません。とりあえず2004とか追加。

    水郡線那珂川橋梁付替え工事とE130系の導入。
    水郡線の那珂川橋梁の付近はけっこう水害が続いた場所でございまして、水郡線も水没していたことがあります。で、その問題点のひとつに、水郡線がわりと低いところを走っていて、線路のところだけ堤防が切れているということがあったわけです。他の堤防が強化されたあとは、水郡線の線路が水害の原因になったわけじゃなくて、そういうときは運休になっていたわけですが。それをなんとかしようということで、那珂川橋梁の架け替えが行われています。
    それがなんかけっこう凄くて、新旧橋梁の差はこのくらいあったりするわけなんだなあ。巻き添えをくって道路も付け替えになるようです。ついでに、水府橋(という道路橋)も付け替えるらしい。ほんっと、茨城県てば土木工事が大好きなんだなあと思う今日このごろでつ・・・。
    んで、ついでと言っちゃなんですが、E130が投入されております。あのキハ110系が旧型車として追い出されるとはなぁ(ためいき)。今しか見られない110とE130の混結編成なんてのも、見かけたのでいちおう撮ってきました。

    水戸市街の風景。
    県都でありながらこれまでページがなかった水戸市街ですが、ページを新設しました。いやあ、実は鹿島鉄道のあとに回ったもので、かなり脱力してて、というか鬱が加速してまして、いまいちまじめに歩いてないんですけどね。
    文化財建築物としては、旧茨城県庁水戸市水道低区配水塔かな。下調べをせずに行ったこともあって、まあ「とりあえずページを作りました」という程度なんですが、まあだいぶ長い間「水戸のページがないのはおかしいよな」と思っていたりしましたんで、多少は気が楽にはなりました。

    最後に、都内の風景。前々回のサーバ落ちの際についでにちょっと散歩をしたという程度。
    神田は、コンデジ写真しかないものの差し替えと、多少の撮り落としの追加程度。太田姫神社というのが神田駿河台にあるのですが、その旧宮というのが聖橋のたもとにあるのですね(もともと太田姫神社は太田道灌が勧進したもので、江戸城内にあったらしいのだが、1606年に現聖橋のたもとに移転、1931年に総武線に場所を取られて現在の駿河台の場所に移転した、という経緯)。旧宮は、夜には幾度か通りかかって写真も撮ってはあったんですが、こんなもん夜景写真を載せてもなあ、みたいな。ようやく昼間に撮ってきました。こちらです。背景に見える跨線橋は御茶ノ水駅のものです。
    丸の内近辺は、これまで散発的に撮って掲載はしていましたが「丸の内」ではまとめていなかったので、追加分を含めてまとめてみました。古建築趣味者にとっては、ある意味頭痛のタネではあるのだが声高にけなすわけにもいかない工業倶楽部会館はもうありましたが、同類の東京銀行協会も撮ってきました。中庸なキャプションを考えるのって、しんどいよなあ(いや、おれは、けなす気はないんだ。あの場所に古建築をそのまま置いておけっていうのは言葉の暴力だし、建物としての状態もかなり悪かったみたいだし)。
    流れで、三信ビルも見てきました。もう解体工事も本格化しておりまして、全面がパネルで覆われておりました。なんか、さびしいっすね。

    今回の追加分は、こんな感じです。

    今回の追加写真一覧
    weblog】紹介・更新報告>埼玉県川越市
     

    2007/06/13 すみません、また落ちました。
    今回は、2007年6月12日の昼過ぎから翌13日の夕方まで。症状は、例によって例のごとくです。今回は根治をしようと思ったのですが、バラしてみたら汎用パーツが使えないということがわかり、あいかわらず暫定的対応で再立ち上げを行いました。現在、サーバメーカの純正部品の手配をしておりますので、いましばらくお待ち下さい。
     
    2007/06/06
    (40746枚)
    今回の更新。えー、実は途中で一回ちょびっと更新してたりしますが、小規模なものだったので報告しておりませんでした。

    メインは埼玉県川越市
    以前よりいちおう川越市街の写真はありましたが、かなり初期に撮影したものだったので、あまり充実しておりませんでした。なので出直し。39枚から303枚へと増えました。ま、ある程度は揃ったかなと。
    メインのものとしては、「カワモク本部事務棟・旧六軒町郵便局(洋館建築)」「川越商工会議所・旧武州銀行川越支店」「日本聖公会川越キリスト教会(フランドル積みの煉瓦建築)」「川越労働会館・旧川越保険所(洋館建築)」「中成堂歯科医院(洋館建築)」「大澤家住宅小松屋(蔵造り・重文)」「そば百丈・旧湯宮釣具店(看板建築)」「田谷堰」など。
    川越というと「蔵造りの家並み」あたりを観光資源として売り出しており、まあ景観保護地域は確かにこうどーんと迫力のある町並みではあるんですが、看板建築や洋館も多く、ストラクチャーハンティングをするにはとてもいい場所でございました。あと、妙にフランドル積みの煉瓦を見かけたような印象がありましたね。化粧煉瓦までフランドル積みになってるのがあって。
    こまごま説明しはじめると長くなりそうなんで、あとはまあページの方をごらんくださいまし。

    川越以外。
    東武野田線にも多少の追加。流山おおたかの森駅、ショッピングセンターが開業したので、定点観測がてらいくらか追加しました。定点観測ページから見てもらった方がわかりやすいかも。それから、駅舎新築という情報があったので七光台駅も訪問。もともと車輌基地のために新設された駅で、駅舎も小規模なものでしたが、いきなし立派な橋上駅舎に化けておりました。

    えーとそれから、ポイントの項目を大手術してみました。これまではだーっとポイントの写真を並べてあっただけですが、それを「積雪対応設備(ランタン・電熱器・雪囲い)」「シングルクロッシング」「ダブルクロッシング(シーサス)」「平面クロス」「シングルスリップ」「ダブルスリップ」「転轍機(だるま・レバー式・連動装置・電気転轍機)」「転轍機標識」「路面電車のポイント」「横取装置」「乗越ポイント」「ケーブルカー用」などに分類して、説明を附してまとめなおしました。

    今回の追加写真一覧
    weblog】紹介・更新報告>埼玉県川越市
     

    2007/06/05 すみません。また落ちました。落ちた時刻は2007/06/05の13時頃。いつものように、再立ち上げの時点でシステムの自己チェックでひっかかるという状況です。

    <追記>
    2007/06/06の17時頃に復旧しました。今回、ようやくトラブル原因の確認もできましたが、根本的な対処はまだしておりません。汎用品のパーツでごまかせるようならば簡単なんですが。
     

    2007/05/19
    (40424枚)
    こまごまデータベースに手を入れました。
    建築物のキーワードを修正し、<12345>という番号のみのものから<12345/かんとか商店>のように建物名を入れるのを原則としました。
    これまで一括して扱っていた道路橋便所跨線橋などの項目について、被写体ごとに固有番号を付与して分類。信号機自動改札売店などの項目について、鉄道会社・路線別に分類。ついでにポイントには、内容分類を付け加えると同時に解説をつけてみました。
    大きな変化はなく、まあ、整理の都合という感じです。とはいえ、数千キーワードをいじくってますので、ミスがあちこちに残存している可能性があります(=^_^;=)。発見したらお知らせくださいまし。
    weblog】今回の更新>被写体キーワードの付け直しとか
     
    2007/05/12
    (40418枚)
    えー。40000枚を突破いたしました。だからどうって話じゃありませんが。で、今回の追加は、「鹿島鉄道その後」「関東鉄道常総北線」「笠間市街」「石岡市街」。

    まず、鹿島鉄道その後。
    廃線からほぼ一ヵ月後の、2007年4月29日段階の状況。鹿島鉄道−廃線のページに追加してあります。まあ細かいことは見てくれって感じだけど、簡単に説明。
    大きな変化があったのは、石岡駅・常陸小川駅・玉造町駅。
    石岡駅は、ホームの対面にあった事務所棟が残されているのみで、あとの車庫や検車庫などはすべて取り壊されてしまいました。ホームも、上屋は取り壊されました。留置車輌のうちKR502・KR503は解体。602は譲渡交渉が継続中ということでぽつんと置かれています。
    常陸小川駅は、ホーム待合室は取り壊され、ホームも重機が破壊中でした。駅舎には特に変化はありません。留置車輌のうち432はすでに搬出されて保存場所に移動済み、訪問日にはKR501714の搬出作業が行われていました。
    玉造町も、ホームは解体済み。なお、玉造町のホーム待合室は、ベイシアそばの吉田屋に移設されています(他に、浜駅のホーム待合室も道の駅たまつくりに移設)。
    他は、踏切設備が撤去されているほか、ちょこちょこ自動販売機が撤去されているくらいでしょうか。

    続きまして、常総北線。以前にひととおり全駅はおさえてありますが、なんせ10年前ですし、当時は今ほど無節操に撮っていませんでしたので、改めて。
    大きく変化があったのは宗道駅。駅舎が新築されています。旧駅舎新駅舎。しかしこの旧駅舎、そんなにボロっちかったですかね。なお、宗道駅は、そばに農業倉庫がありましたが、これは取り壊されてしまいました。跡地はこんな感じ。右側の黄色い建物がJAのものです。
    大宝駅も駅舎が新築されています。夕景はすでに撮ってありましたが、改めて昼間の写真も。 騰波ノ江駅はマイナーチェンジ。旧便所が取り壊され、しばらく工事現場型の便所が置かれていましたが、なんか白壁日本家屋風の便所が新築されておりました。駅舎も健在。 黒子駅もマイナーチェンジ。旧駅舎が取り壊され新駅舎ができておりましたが、さらに駅前広場が整備されました。しかしなんだ、駅前通りとはかなりミスマッチな感じ(=^_^;=)。
    近日中にいちおう南線もまわってきましょうかね。

    市街地観察は、笠間と石岡。

    まず笠間市街。笠間は、例によって関東外縁都市群のひとつで、笠間稲荷でも有名。JR水戸線・笠間駅と笠間市街は、1キロほど離れています。笠間稲荷の方から駅に向けて歩きましたが、写真は逆順に並べてあります。んで、古くから栄えていた都市でもあり、駅前通りや旧市街のあたりには、それなりに古建築がいろいろありました。参詣客相手の店が多いということもありシャッター銀座にはなっていないのが良いですね。では、いくつかピックアップ。
    看板建築の「諸星Yシャツ店」。Yシャツもあつらえるものだった時代があるわけですが、その頃のものなのでしょうね。「成田畳店」も端正な左官系看板建築です。「小池商店」は、原町市の「こんの酒店」とも共通するような、ガラス面を大きく取った看板建築。
    造り酒屋は「笹目宗兵衛商店」と「武藤酒類醸造」。
    それから、「ホテル井筒屋」。天皇行幸の際にも使われたらしい古い旅館です。外から見ただけでは木造三階建てなのか木造風三階建てなのかよくわかりませんが、なんとなく木造のような気がするなあ。
    んで、笠間の最大の収穫は、やっぱこれ、「昭和館」。えー、建物本体が大きい上に周囲に建物があり、さらに夕方になってまして、あんましいい写真は撮れてないんですけどねえ。改めて行きましょう。

    最後。石岡市街。4月1日にカメラのバッテリー切れで手薄になってしまった部分を再チャレンジ。常陸国分寺とか。なお、前回は存在していた小松崎歯科医院旧館は、取り壊されてしまっていました。

    今回の追加写真一覧
    weblog】鹿島鉄道その後・関鉄常総北線・笠間市街など
    weblog】鹿島鉄道その後・関鉄常総北線・笠間市街など(2)
     

    2007/05/07
    宮沢模型でディスク版の卸扱いを開始。
    鉄道模型分野で日本最大の卸売り店「宮沢模型」で、ディスク版の卸扱いをしていただけることになりました。つきましては、宮沢模型とお取引のある模型店のみなさまは、そのルートでもご発注いただけます。詳細につきましては、すでにファクスでご連絡が行っていると思いますが、店頭扱いもよろしくお願い申し上げます。
    一般小売の情報はディスク版をご覧下さい。
    weblog】宮沢模型でディスク版取り扱い開始のお知らせ
     
    2007/05/07
    申しわけございません。またサーバがコケておりました。
    今回は、4月30日9時頃に落ち、5月7日16時前後に回復しました。原因は前回と同様のハードウェアトラブルなんですが、サーバ機の自己診断機能がどうもおかしいようで、立ち上げようとすると存在しないハードウェアのトラブルを表示して止まってしまうんですねえ。
    根本的にはサーバ機を更新するか、ホスティングに切り替えるかしかないんですが、ビンボなもんで、そこらへんをやる気合いがありません。そういうわけなので、ディスクを買ってください(=^_^;=)
    weblog】サーバダウンのお詫びと回復のお知らせ
     
    2007/04/08
    (39966枚)
    鹿島鉄道の廃線日前後の様子を大量に追加。また、同時に石岡市街を訪問し、昼間の様子の写真を追加。

    まずは鹿島鉄道。
    営業最終日の2007年3月31日と廃止日の同4月1日に訪ねてきました。特に廃線とは関係ない風景写真はそれぞれの個々の区間項目に追加。廃止前後の風景については、<鹿島鉄道−廃線>の項目に。前回更新以降の追加分は鹿島鉄道−廃線20070331以降で、営業最終日の様子を時系列でまとめたほか、廃線関連グッズ集および廃線日(最終営業日翌日)の4月1日の様子および車輌の配置状況などもまとめておきました。

    簡単に廃線時の状況も説明しておきましょう。
    鉾田駅は「交通公園として保存する」という企画がスタート(ただしまだ確定ではない模様)、そのためにいちおうの準備としてキハ431・キハ601・KR505の3輌が、営業最終日に留め置かれました(601とKR505は、その2輌編成という、営業運転では見られなかった珍編成で回送されてきました)。
    常陸小川駅には、購入者がみつかったらしい3輌が留置されています。キハ432・キハ714・KR501です。ただ、その後ブルーシートがまかれたという情報もあります。すぐに搬出するんだったらブルーシートで梱包しないと思うんですが、今後どうなるんでしょうか。
    石岡には、キハ602KR502KR503の3輌が置かれています。この3輌については、保存の話はなく、近々に解体に着手ということになりそう。まあ、まだツバつければ解体は待ってもらえるらしいですけど。
    とまあ、そういうわけで鹿島鉄道は廃線となってしまいました。全部で何枚写真があるんだか数えていませんが(あ。検索してみりゃいいのか。2097枚でした)、ええとそういうわけで15メートルに1枚くらいの割合という、ある意味むちゃくちゃな枚数の写真があります。なつかしむ手がかりとしていただければ幸いです。

    それから、石岡市街に大量に追加。前回は鹿島鉄道のあとに回ったので夜景ばっかしになってしまいました。まあ、夜景でもHDRをうまく使えば建物のディテールを見るのに必ずしも悪くないということもわかったわけですが、そんでもまあ昼間の普通の写真もあった方がいいよなあということで。
    石岡旧市街の南西端から旧市街を抜けて東北端に抜けているのが旧水戸街道で、その道筋に沿って歩いています。文化財指定を受けている建物のうち撮り落としていた平松理容店喫茶店四季も捕獲してきました。他に、国府会館福々食堂常陸国分寺跡小松崎歯科医院など。まだ多少の撮り落としがあるんですが、次に石岡にいくのはいつのことになるんでしょうか(ためいき)。

    他に、水海道小学校旧校舎水戸農業高校旧本館。いずれも茨城県立歴史館(水戸)にある保存建築。
    水海道小学校旧校舎は、1881年の建築で、設計・施工は水海道の宮大工・羽田甚蔵氏であると伝えられています。横浜などに遠征して洋館建築を観察し見よう見真似で作ったものなので擬洋風建築ですが、実に堂々としたものです。水海道から移築されたもので、水海道の方には旧水海道小学校雨天体操場兼講堂が武道館として残されています。水海道には、他にも旧水海道町役場(二水会館)なんてものがあったりして、なんか洋館建築が乱立していたわけですなあ。案外、とんでもない町だったのかもしんない。
    水戸農業高校旧本館は、茨城県立歴史館の敷地が水戸農高だったところなので、その流れもあって保存されているもの。茶壁だし平屋なので地味ではありますが、1899年建築の、多少洋館風の要素も取り入れた木造建築です。

    いやあ。今回400枚ちょっと追加したもので、ついに40000枚に肉薄してまいりました。次回更新で大台に乗るのじゃないかなあと思います。

    この回の撮影でキヤノンEOS55が退役。というか、ダイナミックレンジ問題をある程度クリアできるめどがついたので、その後フィルム機の出番がなくなりました。

    今回の追加写真一覧
    weblog】今回の更新>鹿島鉄道・三信ビル・E233系など
     

    2007/03/28
    (39548枚)
    主として3件ほど。

    まず第一。鹿島鉄道に追加。また、廃線直前の状況をまとめた鹿島鉄道−廃線という項目を作りました。
    状況ですけどね。廃止に先立ってすでに側線類ががんがん剥がされています(玉造町(1)玉造町(2)榎本鉾田)。いやあ、もう保線工事とかもないというのはわかりますけど、気の早いことで。
    運用は、押し寄せる鉄ヲタものすごいもので大きく変化。2連運用が大幅に増えています(KR500の2連430型の2連714+602の2連)。
    今回は乗り鉄モードで鉾田駅にも行ったんですが、噂には聞いていたもののものすごいですね。人波人波人波であります。人出をあてこんでか地元商店が繰り出したチンドン屋がいたのですが、あまりの人出に驚いたのかこのチンドン屋さんが携帯カメラで群集を撮影してたのには脱力しました(=^_^;=)。いやまあ、気持ちはわかる。えーとそれから、特設売店も出ていて、お菓子とか売ってます。「走れ!鹿島鉄道」とか「鉄路の響き」とか。前者はフツーにおいしいお菓子でした。後者は組み立てキット形式でした(これをキット形式と呼んでわかるひとがどんだけいるか・・・)。ま、イージーキットというか、手ごわいわけじゃありませんが。
    この週末がエピローグかあ。どうすっかな・・・。

    それから三信ビル。こちらも、いよいよこの週末、というか正確には30日で「ニューワールドサービス」が閉店となります。
    で、いつから解体工事がはじまるのかわかりませんが、準備が進行中。3月20日にはすでに工事用の足場の設置が始まっており、その後二階くらいまでは足場の設置が進んでいるらしい(おれはその後の進展状況は未確認)。ニューワールドサービスも閉店祭り状態らしく、昼過ぎには軽食以外のメニューが売り切れになっていたりします。ううむ・・・どうすっかな。

    最後。小ネタ系いくつか。
    まずは中央線に投入されたE233系。いやあ。イラストを見た段階ではE531系の直流版に見えたんですが、わずかにデザインが違っていて、その結果大きく印象が違っていたりして。E233の方がE531よりまとまったデザインになっているような気がする。個人的には201系のままでいいじゃん、必要なら制御機換装すりゃいいじゃんと思うんですが、まあ新しい方が良いという思い込みには勝てないしなあ。
    えーとそれから東京拘置所。小菅御殿だった場所なわけですが。なかなかきっちり撮れる場所がないなあと思っていたんですけど、そうなのよ常磐線の車窓から撮ればよかったのよね。
    最後に、ほとんど笑い話。なんじゃこりゃあ(=^_^;=)。いやあ、ご近所さんの民度にちょっと眩暈がしてきたり・・・。

    今回、ちょっと更新を急いだこともあって、もうちょい微調整が必要なところもいろいろ目につきますが、そこらへんはおいおい直しておきます。

    今回の追加写真一覧
    weblog】今回の更新>鹿島鉄道・三信ビル・E233系など
     

    2007/03/21
    (39399枚)
    またまた鹿島鉄道に追加。

    廃止になるとね、さくっと地図から消されてしまうので、後年のためにということで、駅・駅間単位で地図を作成して掲載しておきました。ランドマークとなる施設などは記載しておらず、線路・道路・水系だけの簡略なものではありますが、10年もたてば便利な資料になっていることでしょう、と。

    それから、3月17日訪問分を追加。主たる追加は、「石岡〜常陸小川」の石岡〜石岡南台・四箇村〜常陸小川、「常陸小川〜八木蒔」の桃浦〜八木蒔、「八木蒔〜借宿前」の玉造町駅・玉造町〜榎本、「借宿前〜鉾田」の巴川〜坂戸・坂戸〜鉾田、の区間。廃線祭りでひとが押し寄せてきているものだから2輌編成がガンガン走ってました。

    もう一件、常磐線の415系0番台の引退。2007年3月18日のダイア改正で415系0番台鋼製車が引退。その最終上野便関係。

    モハ415型0番台引退」という項目を作っておいた。その列車が勝田で入線するときに、横をいわき行きのE501が走っていったんだよねえ(これ)。写真としてはろくでもない構図ですけど、急なことだったもんで。そいやE501、LED幕にはなってないのね。ま、都落ちしたとはいえ、E501もがんばってくれ。

    今回は、こんなところです。

    今回の追加写真一覧
    weblog】更新>鹿島鉄道3/17・常磐線415系0番台引退
     

    2007/03/13
    (39259枚)
    まずは、鹿島鉄道に追加。
    未踏区間の最後、石岡〜常陸小川を歩いてきました。国道沿いのわりと地味でまっすぐな区間ですが、案外こう、撮影ポジションがありましたね。ちゃんと歩くことにしてよかった。いよいよ廃線が近づいており、廃線挨拶ヘッドマークも取り付けられてしまっています(キハ431キハ602ほか)。機材がデジカメになってるし、おもいっきしHDRを濫用しているしで、初期の写真とはルックが全然違ってしまっていますね・・・。
    関連で、現行のダイヤグラムも置いておきました。えーと、せっかく自分用に作ったのでどうぞ、ということです。でも、もう廃線祭りになっていますし、こうなってから「普段の風景」を撮ろうなんて思うのは無駄です。殺伐とした雰囲気にしないよう、ちょっとやそっと人がはいったくらいでいちいち怒声をあげたりしないよう、くれぐれもお願いしたい。
    沿線で、なんか妙な神社をみかけたのですね。平面図(建物番号タグで一連)。名前がわからず調べようがないんですが、なぜこういう作りになっているのでしょうか。

    それから、港区の風景。
    まずは南麻布・麻布十番
    新一の橋交叉点麻布十番温泉(越の湯)総本家更科堀井永坂更科布屋太兵衛など。
    続いて高輪・白金・白金台・三田
    高輪は、魚籃坂から二本榎署前まで、二本榎通りの真ん中へん。洋館建築の堀江歯科医院、和菓子屋の虎屋など。高輪消防署二本榎出張所にも再撮追加分あり。
    白金は、北里通り商店街あたり。和建築の商店看板建築など。
    白金台・三田は、ざーっと眺めた程度で、たいして充実していません。そのうち追加撮影をしてきましょう。

    今回の追加写真一覧
    weblog】更新>鹿島鉄道・港区麻布白金
     

    2007/02/14
    (38965枚)
    荒川区・台東区周辺にわりとランダムに追加。

    鉄道関係。
    東京地下鉄日比谷線三ノ輪駅とか、常磐線の明治通りアーチ橋とか日暮里駅の北口南口とか。日暮里駅前に舎人線の駅ができあがっていたので、舎人線の項目も作ってみました。

    風景関連。
    台東区上野桜木。上野公園北側の地域です。主たる被写体は寛永寺吉田屋酒店など。
    台東区谷中。日暮里駅の西側あたりで、文京区根津と接していて、しばしば一体で扱われる地域です。主たる被写体はカヤバ珈琲柏湯(現SCAI THE BATHHOUSE)など。
    文京区根津。谷中のの隣、不忍通り沿いの地域です。主たる被写体は丁子屋(染物屋)藍染通り根津銀座商店街(だったかな?)根津教会山の湯根津神社あたり。

    建物個別系。
    荒川区の同潤会三ノ輪アパート。そろそろ取り壊しも近いので追加撮影に行ってきました。
    復興小学校2件。いずれも追加撮